FDに想うこと、期すること

 フィデューシャリー・デューティー(以下FD)の制定に際し思うところ、そして期するところを述べさせていただきます。

 

 資産運用業界はお客様の金融資産に関わる業務という特殊性から、厳格なルールが幾重にも設けられています。必要不可欠なことですが、ここに落とし穴があります。

 

 ルールは常に「これは合法か違法か?」という判断を要求します。これは当然です。ただそれが様々な圧迫から煮詰まってくると「禁止されていない=OK」という“抜け穴探し”を誘引しがちです。

 

 “抜け穴探し”まではしない真面目な方々にとっても別の問題があります。

 

 ルールへの“依拠”は“依存”と隣り合わせです。本来の思考や判断を徐々に鈍らせ、「形式要件さえ満たせばOK」といった思考停止に陥りがちです。形式主義は形骸化の種を宿しています。

 

 こうして、一方で“抜け穴”を塞ぐように新たなルールが増え続け、他方では形骸化が静かに進み、やがては全体として機能不全に至ります。 

 

 「仏教の始祖であるお釈迦様が経典の編纂を禁じ、ご存命中は“口伝”に徹したのも、こうした事態(教条主義化や形骸化)が危惧されたからだ」と、あるご住職から伺ったことがあります。

 

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 そこで今回のFD制定に際し「仏つくって魂入れず」とならないよう、何を思い定めるに至ったか、期するところを述べさせていただきます。

 

 掲げるのは簡単です。「どう記したら実効性と持続性を担保できるだろうか」をまず考えました。出来もしない理想論を掲げるのは無責任で、地に足のついたものでなければなりません。

 

 そこでこれまで考えてきたこと・取り組んできたこと・評価戴いたこと・ご迷惑をお掛けしたこと・・・様々に思い返してみたのです。

 

 20年この業界にあって、正直に申し上げて悔やまれることも多々あります。それでも“釈迦も達磨も修行中”、只管(ひたすら)精進を重ねるほかありません。

 

 こうして、第一項「お客様がもし親類縁者だったとしても、同じ提案をするか?」が誕生しました。

 

 資産運用界隈の言葉として違和感を覚えられたかもしれませんが、これが自分にとっての受託者責任の起点であり、絞り出した言霊なのです

 

 「目の前のお客様がもし、自分の親や子、兄弟姉妹であったとしても、果たして同じ提案をするか?」

 

 本当に役に立つ商品やサービスでなければ、身内に勧めることは私にはできません。

 

 反対にその商品やサービスがきっと役に立つと確信しているなら、たとえ身内でも「お金はかかるけど申し込んだ方がいいと思うよ」と自然体で言えるはずです。

 

 「お客様がもし親類縁者だったとしても、同じ提案をするか?」

 「目の前のお客様がもし、自分の親や子、兄弟姉妹であったとしても、果たして同じ提案をするか?」

 

 将来、私の想いを繋いでくれる方が現れたなら、このことを胸に刻んで欲しいと心から願っています。

 

 そしてこのような駄文にお付き合い下さいました皆様とご親類縁者様の、幾久しいご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。

 

令和元年8月吉日

ストックビジョン株式会社

代表取締役 猿渡敏雄